Long-term investment

テクニカル分析(チャート分析)が的外れな理由とは?

テクニカル分析(チャート分析)の起源

テクニカルの起源は古く、チャールズ・ダウとジョン・メイナード・ケインズに求められます。

チャールズ・ダウ

19世紀後半に証券アナリストとして活躍したチャールズ・ダウは、その経験から後述のダウ理論を提唱します。彼はダウ・ジョーンズを設立し、ウォール・ストリートの関係者に、経済ニュースを配布しました。これが後のウォール・ストリート・ジャーナルの源流となります。

ジョン・メイナード・ケインズ

ケインズは20世紀最大の経済学者です。「雇用・利子および貨幣の一般理論」で有効需要に基づいた経済政策の重要性を説き、マクロ経済学を確立します。多くの国が長年に渡って、ケインズの経済政策を採用しました。

この「雇用・利子および貨幣の一般理論」の12章で説かれた美人投票論が、ダウ理論に並ぶテクニカル分析の基礎です。

ケインズによれば、優れた投資家は、一般投資家がどのような銘柄に飛びつき、どのタイミングで冷静になるかを見抜きます。一般の投資家が砂上の楼閣を築き上げる銘柄を仕込み、彼らが冷静になって離散し、楼閣が崩れる前に利確するのです。

ダウ理論

ダウ理論では、抵抗線と支持線という概念を根拠として、チャート分析をします。

前回の高音は抵抗線となり、前回の安値は支持線となります。そして抵抗線を超えた時に、ブレイクしたとされ、上昇トレンドが発生したと考えられます。逆に支持線を下回って下落した時には、下落トレンドです。トレンドが発生している時には、トレンドラインを引くのも特徴です。

この他、トレンドは出来高を伴って株価が動いた時に発生する、という考え方から、出来高を伴った上昇は上昇トレンドの発生を、出来高を伴った下落は下落トレンドの発生を予告します。

ケインズの美人投票論

ケインズの美人投票論は、テクニカル分析の起源と呼ぶにふさわしいものです。

美人投票は、かつてロンドンの大衆紙で行われていたものです。掲載された100人の美女の中から、大衆から最も人気を集める美人を予想して投票します。見事当てたら賞金を得られました。

美人投票では、自分の好みの美人を選ぶのではなく、大衆が好みそうな美人を選びます。これを株式投資に言い換えると、大衆が好んで資金を投じそうな個別銘柄やセクターを、選び出すことになります。

個別銘柄の本質的な価値(ファンダメンタルズ)よりも、大衆の心理に重きを置く考え方。これがテクニカル分析の基礎となります。

なぜテクニカル分析が役に立たないのか

株価のランダム・ウォーク性

チャートが示唆する上昇トレンドや下落トレンドといったものが、実際に存在するとしても、1つのニュースで大きく崩れます。例えば、トランプ大統領が中国との貿易交渉が進まないことに腹を立て、中国に新たな追加関税を課すことをツイッターでつぶやくとしましょう。

すると、トレンドラインや支持線といったものは、何の役にも立たず、株価は崩落します。これは一例ですが、現在の経済学で広く支持されているランダムウォーク理論では、市場が予測不可能な新たな情報を即座に織り込みながら、株価がランダムに動くことを説明しています。

自分より愚かな他人の存在という前提

美人投票論で示されたような、強いモメンタムに乗る投資法は、短期的にはある程度可能かもしれません。しかし、利益を得るには、自分よりも高い株価で買ってくれる、愚かな他人が必要です。このような投資法を取っていたら、気がつくと自分より愚かな他人は見当たらず、いつか自分が最後の愚か者になることでしょう。

そもそも、強いモメンタムで上昇した株式には、その株価を否定する売り勢力が存在するものです。いつ崩れるかも分からない砂上の楼閣の上に乗ることは、明確に誤った手法であり、投機にすぎません。

個人的な見解

テクニカル分析は、業績予測や財務などのファンダメンタルズは全てチャートに織り込まれている、ことを前提にします。

よって、チャートを中心に分析して、資金を投じます。これでは何に投資するのか、やっている本人も説明不能でしょう。事業に対して投資する、という投資本来の在り方から大きく逸脱しています。

経済学者の中ではテクニカル分析は過去の遺物に過ぎません。人間は完全にランダムに動くもの(独立事象)を受け入れられず、前後の動きに何らかの相関関係を見出そうとするものです。しかし、株価と極めて似たチャートは、コンピューターによるランダムなシミュレーションや、コイン投げ(表が出たら上昇、裏が出たら下落)でも作られることが分かっています。

最後に「ウォール街のランダム・ウォーカー」の著者である、バートン・マルキールの言葉を引用します。

マルキールの言葉

ご存じのとおり、私はチャーティストに対して偏見を持っている。それは個人的な好き嫌いという次元だけでなく、プロの立場に立った時の見解でもある。テクニカル分析は、学者の世界では異端の教義であり、それを非難するのは我々にとっては喜びでさえある。

我々をこのような弱い者いじめに走らせる動機は、第一に、彼らの手法が明らかに間違っていること。第二にいじめやすいことである。

これほど哀れな対象をいじめるのは、多少アンフェアな気もするが、忘れないでいただきたい。私が守ろうとしているのは、他ならぬ、あなたがたの財布なのだ。

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